2016年1月14日木曜日

英語読書会報告2015-12月



2015年12月の英語読書会では、MERE CHRISTIANITY BOOK4 「人格を超えたもの-三位一体論序説(BEYOND PERSONALITY:OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)」の第9章「コストを計る(COUNTING THE COST)」を勉強しました。

1.ある人たちは「天の父が完全であるように完全であれ」という言葉に戸惑っています。それは、「完全でないならばクリスチャンとして失格である」という意味であると思っているからです。しかし、ルイスはそうではなく「キリストは、私たちがもうこのくらいでいいと思っても、そこで妥協することはなく、完全になるように働きかける」という意味であると言っています。

2.私たちは自分の人生の中で抱えているいろいろな罪(例えば酒癖が悪いとか、喧嘩っ早いとか)によってキリストに導かれます。キリストはめでたくそれを解決してくれます。ところが、それだけで終わらないのです。キリストは私たちをどこから見ても完全な正しいものにしようとするのです。

3.キリストは、「もし私の弟子になりたいのなら、その前にどれほどのコストが必要かよく考えなさい(ルカ14章25-35)」と警告しています。なぜならキリストは完全であること以外は受け入れないからです。私たちは選択の自由がありますから、彼を退けることも出来ます。しかし、一旦受け入れたなら、キリストはいかなるコストも顧みず私たちを天の父と同じように完全なものとしようとするのです。

4.キリストの願いは完全であることでありますが、私たちは普通それほど完全であることを望んでいるわけではありません。だからキリストの計画は大抵失敗するのです。しかし失望する必要はありません。私たちは努力しても失敗してしまうことが多いですが、そんなとき神は必ず支えてくれるのです。神は私たちが完全にならないうちに離れて行ってしまうということは決してないのです。たとえ私たちが現状で満足していても、神は私たちに対してもっと大きな計画を持っているからです。

5.それがどんなに困難なことであっても驚いてはいけません。それは私たちを鍛え、より素晴らしいものに作り変えるための鍛冶屋の鉄槌であり、神はいつも私たちを完全なものにするために根本からの変革を行うのです。キリストは私たちを神の子と言っています。だから彼は私たちを神の子に作り変えるのです。

こういうわけで、兄弟たち、神の憐みによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けにえとして献げなさい。これこそ、あなたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ心を新たにして自分を変えていただき、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。(ローマの信徒への手紙 12:1-2)

もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、私の弟子ではありえない。自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、私の弟子ではありえない。(ルカによる福音書 14:26-27)


話し合いの中で、コストとは具体的にどんなものかが話し合われました。
・コストとは私の持っているもの全て、存在そのもの。
・ボンヘッファーの著書に「The Cost of Discipleship」というのがありますから、興味のある方はこちらもご覧ください。
・日本の社会の中では、しばしばお墓のことが話題になります。特に家の長男として家族のお墓を守っていく立場にある人がクリスチャンになるのは本当に大変だと思います。


次回は、2016年3月6日(日曜日)午後2時からです。1月は冬休みの為、また2月は教会総会が有りますのでお休みします。
個所は、MERE CHRISTIANITYのBook 4「人格を超えたものー三位一体論序説(BEYOND CHRISTIANITY: OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)の10章「NICE PEOPLE OR NEW MEN」を勉強します。Native Speakerが2人も参加しているという恵まれた会です。また、翻訳を読んで参加される方もおられます。どうぞ自由にご参加ください。

by inoue