2015年12月3日木曜日

英語読書会報告2015-11月



2015年11月の英語読書会では、MERE CHRISTIANITY BOOK4 「人格を超えたもの-三位一体論序説(BEYOND PERSONALITY: OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)」の第8章「キリスト教は難しいか、易しいか」(IS CHRISTIANITY HARD OR EASY?) を勉強しました。

  1. キリスト教は難しくもあり易しくもある。イエスキリストご自身両方の話し方をしている。キリスト教的なやり方(the Christian way)は、通常の人間の努力よりもはるかにやさしい。しかし、難しい部分は、私たちがキリストにあって神の子(Sons of God)となるために、キリストに自分自身をゆだね、キリストが私たちの一部になり私たちがキリストの一部になることである。
  2. 私たちが真の子(real son)になることができるようにキリストを着ること(Putting on Christ)は、キリスト教の全部である。ただこれは倫理上の通常概念や善人(being good)であることとは違う。
  3. 国家は、軍事上、政治上、経済上、いろいろなことをするが、目的は普通の人間の幸せを維持し、守ることである。教会も教育、伝道、社会奉仕などいろいろなことをするが、目的はすべての人をキリストの中に引き入れること、彼らを小さなキリストにすることである。これ以外の目的はない。
  4. 聖書は、全世界はキリストのためにつくられ、すべてのものはキリストの中に集められると述べている。
(コロサイ書1:16「天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。」
エフェソ書1:10「こうして時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。」)
  1. 話し合ったことは次のようなことである
    1. Little Christという言葉に引っかかる。教会の目的はすべてに人をLittle Christにすることだという言い方は納得できない。聖書の言葉の行間を読みすぎているのではないか。概念として、教派の影響が出ているのではないか。
    2. ルイスがlittle Christ という言葉を使っているのは、人間を神の子にするということで、立派な人間をつくるという意味ではないだろう。
    3. 私は今回の章を読んで、あらためてキリスト教は、Easy であり、Hardであるという印象をもった。
    4. 受洗したということは、神様にすべてをゆだねるということであり、またすべてをゆだねられれば、Easyであろうが、現実にすべてをゆだねられずにいる。したがって、Hardであるという思いがある。
    5. 今回の章を読んで、自分はいい人にはなれないということがはっきり分かった。(笑い)しかし、だからこそこの読書会に出ていろいろ勉強する意味があると考えている。
    6. マリヤとマルタがいるが、マリヤのようにすべてをゆだねられればよいと思っている。
    7. この章は自分にとって自己の信仰の吟味を迫るものであり、いろいろ考えるが、Hardという思いがある。
などが話し合われた。


次回は、2015年12月6日(日曜日)午後2時からです。
個所は、MERE CHRISTIANITYのBook 4「人格を超えたものー三位一体論序説(BEYOND CHRISTIANITY: OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)の9章「COUNTING THE COST」を勉強します。Native Speakerが2人も参加しているという恵まれた会です。また、翻訳を読んで参加される方もおられます。どうぞ自由にご参加ください。