2015年6月1日月曜日

2015年5月の英語読書会報告



2015年5月の英語読書会では、MERE CHRISTIANITYのBook 4「人格を超えたもの-三位一体論序説(BEYOND PERSONALITY OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)の第3章「時を超えた時」(TIME AND BEYOND TIME)を勉強しました。その要旨は次の通りです。

1. 本章では、私たちの経験する時間観念と神と時間との関係が論じられている。
2. ルイスは、神は時間(Time)の中にはいない、と述べている。
3. 数億人の人が神に祈るとき、同時に神はそれらの祈りに対応しているとすると、私たちは「同時に」(at the same time)という観念に縛られる。私たちは、一刻、一刻と生きているからである。私たちには過去、現在、未来があるが、神は時(Time)の中には存在していないのである。
4. ルイスはこれに関して私たちが理解することができるように、一つの例を説明している。ルイスが小説の中で、「マリアが自分の仕事を終えたときに、次の瞬間、戸口でノックする音が聞こえた」と書いたとする。マリアは私の想像上の時間の中で生きなければならない。マリアは仕事を終えた時とノックを聞いたときとの間には時間経過はない。しかし、マリアの作者である私は、マリアの想像上の時間の中にはいない。最初の文章の半分と次の文章を書く間に私は3時間も座り込んでマリアについて考えているかもしれない。私はマリアが本の中の唯一の主人公であるかのように好きなだけマリアについて考える時間は、本の中のマリアの時間の中には全然表れてこないのである。
5. この例示は、私が真理と信ずるものをちらりと覗かせるものである。神は、この宇宙の時間の流れにはいないというのは、作家が自己の小説の中の時間の流れにいないのと同様である。
6. 三位一体の観念や神は時間に縛られないということを理解すると、キリスト教でいう受肉(Incarnation)や祈り(Prayer)理解することが出来る。
7. 私たちが理解しがたいもう一つの問題は、予見(Foreknowledge)ということである。神は私たちの時系列の中で生きていない。神にとってすべての日々は常に今(Now)なのである。
8. この章で述べたことは、ルイスにとっては、キリスト教を理解するために役立ったが、ほかの人には理解しがたいかもしれない。その場合には、あまり深入りしないで結構である、と述べている。
9. 話し合いでは、
1 神は、私たちの時系列の中にはいないということは、自分にとってはなるほどと思った。
2 神と私たちの関係を作家と作品の中の人物との関係として述べているが、ルイスの例示は、いつもながら具体的で示唆に富む。
3 神は大災害が起こるということを知っていたにもかかわらず何もしなかったのではないかということは素朴な意見としてある。
4 大災害に関しては、「不思議なキリスト教」の著者の橋爪さんは、神の主権ということを主張し、それ以上のことを述べない。こういう問題に関してルイスはどのような説明になるのであろうか。
などの意見があった。

次回は、2015年6月7日(日曜日)午後2時からです。個所は、MERE CHRISTIANITYのBook 4「人格を超えたものー三位一体論序説(BEYOND CHRISTIANITY: OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)の4章「GOOD INFECTION」を勉強します。Native Speakerが2人も参加しているという恵まれた会です。また、翻訳を読んで
参加される方もおられます。どうぞ自由にご参加ください。