2015年6月28日日曜日

読書会20150625「龍の文明 太陽の文明」読後感



「汨羅の淵に風騒ぎ 巫山の雲は乱れ飛ぶ・・」 

子供のころ憧憬をもって聴いた昭和維新の歌の主人公、屈原は強国、秦に対抗した楚の宰相で詩人でもあり諌言が入れられず汨羅の淵に身を投じた悲劇の人と知ったのは後のことでしたが、こんどはその屈原が今は絶滅にひんしている苗族に属していたことを教えられ成程と思いました。

苗族については以前読んだ「銃・病原菌・鉄」という本で中国南部からベトナム地方までシナ語とタイ語の大海の中、砂子のように散らばった(散らばせられた)ミャオ語族の悲しい物語がありました。 

そのミャオ族(苗族)が日本人のルーツと知る時、長江流域から日本列島にやって来た人達を追い詰めた当時の厳しい環境を思わずにはいられません。

気候変動が民族の移動を引き起こし民族の興亡が起こるのは洋の東西を問いません。

特に紀元100年の気候変動で漢とローマ帝国が東西で滅び、倭国の大乱があったというのは著者の専門の環境考古学から推論されたものなのでしょう。

北の民族・畑作牧畜(龍の文明)が南の民族・稲作漁労(太陽の文明)を駆逐したのも気候変動による民族の移動であるとしています。

そして北の戦闘的民族を規定して、
1 自然を支配する世界観
2 異なるものとの対決と不寛容
3 直線的な終末の世界観
4 森の徹底破壊と家畜以外の生物存在の否定 (1と4は同根?)

一方南の平和的民族は、
1 自然への畏敬の念
2 異なるものとの共生と融合
3 命あるものの再生と循環の世界観
4 自然にやさしく生物多様性を維持 (1と4は同根・)

と双方はまったく文化の異なる民族だとしています。
そしてミャオ族の悲劇がいつの日か、その末裔である日本人にも訪れるというのです。
私は今、世界では南の民の世界観が評価されつつあると思いますが・・。

オオクニヌシ(国つ神・縄文人?)からニニギ(天つ神・弥生人)への平穏な国譲りの物語も、双方が長江流域の平和的な民族が共通のルーツであったからだとか。

いなばの白ウサギのワニもトヨタマヒメのワニも長江には生息するが日本にはいないとか。
継体のルーツは越の国というがルーツは越人(勾せん・呉越同舟の越)ではないかとか。
崇神天皇のとき家畜の飼育が始まり疫病が蔓延したとか。
古事記の記述も取り入れた論旨は興味を引くものです。

3千年前のヨーロッパの乾燥化が大地信仰(女神)から天候信仰(男神)へと変わった契機だった、というのも著者の専門分野の話として説得力を感じます。 

以上