2015年4月30日木曜日

2015年3月の英語読書会



20153月の英語読書会では、MERE CHRISTIANITYBook 4「人格を超えたもの-三位一体論序説(BEYOND PERSONALITY OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)の第2章「三位一体の神」(THE THREE-PERSONAL GODを勉強しました。その要旨は次の通りです。

1.   神学というものは、実用的なものである。それは諸経験を一つにして全体を理解するのに役立つものである。しかし、多くのクリスチャンは神学を毛嫌いするが、神学は誤った考えにとらわれないようにするために必要なものである。
2.   神は人格を超越したものであるが、非人格的な存在ではない。
3.   クリスチャンは、人間の魂が神の生命の中に参入しつつ、しかも自己を保存する、と考える。そして以前の自己をはるかに超えた自己を保有することが出来る、と考える。
4.   では、神の生命とはどのようなものか。
5.   そこでルイスは3次元空間を思い起こさせている。直線は1次元、絵を描けば2次元、立体は、3次元である。より現実でより複雑な段階に進むに従って、単純な段階において見出されたものが捨て去られていくのではなく、それらの者はずっと存続しながら、しかも新しい仕方で組み合わされていくのである。人間的段階では、一つの正方形は一つの図形であり、二つの正方形は二つの別個の図形である。しかし、神の次元では、あたかも立法体が6つの方形でありながら一つの存在であるような、そういう存在を見るのである。
6.   ルイスは、クリスチャンが祈るとき、自分を祈らせるのは神、自分の側に立ち自分を助けてくれるものも神であることを知っている。すなわち神は、祈りの対象であり、祈りの目標であり、自分が進んでいくときに通っていく道である、ということである。だから、三位一体的存在の三重の生命はことごとく、平凡な人間が祈りをしているありふれた小さな寝室の中にも、現実に働いているのである。
7.   確かにキリスト教が作り上げられたものであるならば、もっと理解しやすいようにされたであろう。しかし、キリスト教は、作り上げられたものではなく事実であるから、単純にはいかないのである。
8.   話し合いでは、
  三位一体論は、日本語でも難しいが、ルイスの文章内容も難しい。
  クリスチャンが祈るとき、自分を祈らせるのは神、自分の側に立ち自分を助けてくれるものも神であり、神は、祈りの対象であり、祈りの目標であり、自分が進んでいくときに通っていく道である、ということも、信仰者には「そうかな」とも思うが、一般読者は、理解しがたいだろうね。
などの意見があった。


次回は、201553(日曜日)午後2時からです。個所は、MERE CHRISTIANITYBook 4「人格を超えたものー三位一体論序説(BEYOND CHRISTIANITY: OR FIRST STEPS IN THE DOCTRINE OF THE TRINITY)の3章「TIME AND BEYOND TIMEを勉強します。Native Speakerが2人も参加しているという恵まれた会です。また、翻訳を読んで参加される方もおられます。どうぞ自由にご参加ください。