2015年2月21日土曜日

読書会2015-2-19『生物学的文明論』


2015年2月19日に読書会が行われました。
取り上げられたのは、『生物学的文明論』(本川達雄:新潮新書)です。  

<読後感>

「住み果てぬ世にみにくき姿を待ちえて、何かはせん。命長ければ辱多し。
 長くとも四十(よそじ)に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。」
徒然草にある兼好法師の述懐です。

心拍数15億回までとすると人の寿命は40歳、還暦以降は生物学的にいえば人工生命体で存在理由はない。(チンパンジーのメスは子を産まなくなったら死ぬそうです?) 

医学技術の発達で1960年代までは子供や青年の死亡率が減ったが70年代以降老人が死ななくなった。(高齢化で老人医療の方がペイする?)
生き残った老人は若者や子供と資源(国家予算も?)の奪い合いを行う、といわれると、
老人の私は申し訳なく思い、叶わぬことながら兼好法師の冒頭の言葉が思われます。

老人介護施設での延命作業が産業として行われ、心の通わない処置で生かされている方々を思うと大切な何かをどこかに忘れてしまっているような気持ちになります。

人間は高速恒温動物、便利とは時間を早めること、そのためにエネルギーを買い求める。
生物の個体は有限生命であるが種は無限生命(輪廻転生)何十億年かけて作られた輪廻転生の環境(機会)を数百年でダメにする現代人の個人主義(利己主義)とあります。

平和のために戦争放棄を宣言したと同じように環境のために経済戦争(競争)とそれによって得られる便利さや既成の豊かさを放棄する勇気が問われているような気がします。
日本の戦争放棄の憲法が世界に伝播しない現状をどう見ればいいのか、やや悲観的になります。

そのほか、「地中海は大河が少なく痩せ海でありそのために紺碧の美しさがある」(和辻哲郎・風土)サンゴは貧栄養な海のオアシスでその育成には数世紀を要する。
いまでも一日で百種の種が絶滅している。と聞くと小笠原のサンゴの密猟が将来どれほどの代償を払う羽目になるのかと心配になります。

魚と掃除魚との相利共生も愉快なお話です。
どんなに空腹でも口の中を掃除してくれる小魚を食べることはしないというのは人間の罪深さに対する痛烈な指摘と思えなくありません。
歯に付着した肉を掃除してくれる鳥を食べてしまったワニの寓話も「恩を仇、頼りし松を
枯らす蔦」という歌もそのようなワニや蔦はいないのですが人間は・・。

murao