2014年12月14日日曜日

英語読書会(2014年11月)



201411月の英語読書会では、MERE CHRISTIANITYBook 311章「信仰」(Faithを勉強しました。その要旨は次の通りです。

1.   信仰という言葉は二つのレベルで使われている。第一のレベルは、単純にキリスト教の教義は真実であると信ずることである。
2.   しかし、人々を困惑させるのは、クリスチャンは、この意味の信仰を徳と捉えていることである。ルイスはかつて正常な人間は、証拠があるかどうかであることを受けいれ、あるいは拒否すると考えた。それなのになぜ信仰が徳なのか。
3.   ルイスは、精神(mind)は理性によって支配されると考えたが、実際には違っていた。精神がよい証拠と理性によって支配されているときでさえ、感情(emotion)とか想像(imagination)が精神に影響を与える。感情とか想像は、信仰とか理性と対立するものでもある。だから、信仰は、理性的に受容された事柄を、気分が変わっても、しっかりと把握する方法(art)なのである。それ故、信仰は一つの必要な徳なのである。だから私たちは、信仰の習慣を身につけなければならない。そうでないと、健全なクリスチャンとなることは決してないのである。
4.   次に、ルイスはより高いレベルの信仰について論じる。これは自分が取り組んだ最も難しいことであった、という。そのために、彼は、謙虚(humility)ということに戻る必要があるという。この謙虚という徳を身につけるためには、まず自分が高慢であるということを認識しなければならない。
5.   次に、キリスト教のいろいろな徳を真剣に実践することである。私たちは良い人間であろうと努めない限り私たちがいかに悪い人間であるかということを知ることはできない。誘惑がいかに手ごわいものかということは抵抗して初めてわかることである。悪い人間は、この悪さ(badness)についてほとんど知らない。イエスは誘惑に完全に抵抗した唯一の方であり、だから誘惑が何かを完全に知っているのである。イエスは全くのリアリストである。
6.   このようにしてキリスト教の徳を実践して実際に学ぶことは、私たちは失敗するということである。現実のキリスト教(Real Christianity)は、私たちが実践して良いクリスチャンになるという考えを粉砕するのである。不幸なことだが、ある者は努力することも諦め、その信仰も諦めてしまうのである。
7.   もしもあなたが信仰を固守(stick with it)するならば、あなたはもう一つの発見をすることになる。すなわち、神はあなたが神を喜ばせるために必要とするすべてのものを与えるということである。クリスチャンはお父さんに贈り物を買うために、お父さんにお金をねだる子供のようなものである。
8.   私たちが二つの発見、すなわち①実践によって良いクリスチャンにはなれないということおよび②神はわたくしたちが必要とするすべてを与えてくださるということとを発見するならば、神が私たちの中に働き(work in us)始めるのである。
9.      話し合いでは、次のような発言がありました。
      教会に通うということも信ずることの上で大切なことと説いていることに興味がある。
      ルイスが無神論者の時は、キリスト教はもっともだなという気分を持つことがあったが、クリスチャンになったら、キリスト教は気分的になるほどと思えないことがある。このように気分で左右されるようだと、健全なクリスチャンにはなれないという趣旨の記述がある。だから、気分に左右されずに信ずることの習慣を身につけなければならないと語るのだが、ルイスは本当に実践的な人であったと思う。
      アメリカの有名なロックバンドに”Sixpence None the Richer”がある。このバンド名は、ルイスのMere Christianityのこの箇所(小さな子供が、父親の誕生日プレゼントを買うために、父親に6ペンスのお金を求める。父親は子供にお金を与えて、そのプレゼントに喜ぶが、それによって父親が6ペンス分の得をしたわけではない。これは、キリスト教における神と人との関係を説明するためにルイスが用いた例え話)に由来するものである。
      教会で献金するときに、「あなたからいただいたものをお返しします。どうぞ御国のためにお使いください」と祈るが、これは、ルイスのいう第二の発見(神はわたくしたちが必要とするすべてを与えてくださるということ)と同じですね。
などです。


7.次回は、2014127(日曜日)午後2時からです。個所は、MERE CHRISTIANITYBook 312章「信仰」(Faithを勉強します。Native Speakerが2人も参加しているという恵まれた会です。また、翻訳を読んで参加される方もおられます。どうぞ自由にご参加ください。