2014年4月4日金曜日

2014年3月の英語読書会



201432日の英語読書会は、MERE CHRISTIANITY
Book 35章「性道徳」(Sexual Morality)を勉強しました。

1.     貞潔(Chastity)の徳は不変であるが、礼儀作法(Propriety)のルールは変化する。ルイスは、例としてヴィクトリア王朝の淑女は、頭から足まで布で覆わなければならなかったが、太平洋の島の女性は身に何もまとわない。共にそれぞれの社会の基準ではともに適切なのである。共に有徳なのである。情欲を刺激するためにそれぞれの社会の礼儀作法を破ると、男も女も貞潔の徳を犯したことになるのである。
2.      貞潔は最も不評判のキリスト教の徳である。昔からのキリスト教のルールは、結婚における完全
な誠実さもしくは全くの禁欲である。しかしながら、我々の時代では、我々の本能に反しているようにも思われる。ルイスは、我々の性本能が歪んでしまったからであると言う。
3.     ルイスは、長々と性について論じたけれども、ルイスが言いたいのは、キリスト教道徳の中心は、これではないということである。性はキリスト教の至高の悪徳ではない。事実、ルイスは、肉の罪(the sins of flesh)は、すべての罪の中で最も小さいものであると述べている。最悪の快楽は純粋に精神的なものでる。人を誘惑すること、威張ること、恩着せ顔をすること、陰口をすること、権力、さらに憎悪である。悪魔的おのれ(Diabolical self)は、動物的おのれ(Animal self)よりさらに悪いのである。このことから、冷淡な、独善的な教会に通う気取り屋(prig)は、娼婦よりも地獄に近いかもしれないのである。しかし、どちらでもないのが当然よいのであるが。

話し合いでは、
    村上春樹の作品などを読むと、今日では、性の問題の取り上げ方は、ルイスの世界とは全く異なる。negativeに取り上げる考え方は全くないのに驚く
    NHKの番組のなかで、司会者が、若者がセックスするのが当然というような考え方で話をしていたのにびっくりしたことがある。
    性に関しては、こうしてはいけない、ああしてはいけない、と言うようなことが論じられるが、大切なことは、他者のためにこうすべき、ああすべきという積極的な考え方であろう。
などのコメントがあった。


次回の英語読書会は、201446日午後2―3時半です。
Book3 の第6章「キリスト教の結婚」(Christian Marriage)に入ります。英語が得意でなくてもどうぞご参加下さい。Mere Christianity の訳本を読んで参加する方々もいます。