2013年4月6日土曜日

英語読書会20130303「Mere Christianity」5章



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英語読書会(English Book Club)は毎月第一日曜日14時から15時30まで行われています。
参加無料です。お気軽にご参加ください。
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1. 2013年3月の英語読書会では、Book1の最終章の第5章「私たちには不安を抱く理由がある」(We have cause to be uneasy)という箇所を学んだ。ここまで「人間性の法則」あるいは「道徳法則」というものが存在していることを論じてきた。

2. そしてこの法則の背後に何ものかが(Somebody or something behind the Law)存在しているのではないか、と考える。それを自分の力で発見しようとすると、その証拠となるものが二つある。一つは、何ものかが作り出した宇宙(Universe)である。もう一つは、私たちの心の中に植え付けられた道徳法則(the Moral Law)である。

3. 宇宙は素晴らしいから、これを作り出したものは、偉大な芸術家であると考える。しかし、彼は大変危険な非情な存在である。宇宙は大変危険な恐ろしいところだからである。

4. もう一つの証拠は、私たちの心の中にうえつけられた道徳法則であるが、これは、宇宙よりももっと自分たちが吟味できるものである。何故ならば、人間については、人間の中に情報があるからである。人間の自己吟味が道徳法則の証拠を提供する。このことは、ルイスの考え方を知るうえで、とても大切である。前回の第4章でもそれが具体的に説明されている。

5. この何者か(神・絶対的善)は正しい行為に対して強烈な関心がある。私たちは心の一部で、この何者かが人間の貪欲さや搾取を非とすることに賛同しており、一方でこの絶対的善があることで私たちの自身の行為を憎むことを知っている。

6. ルイスは、ここまでキリスト教については、語っていない。しかし、キリスト教についてこれから述べるわけだが、今までルイスが述べていることが認識されなければキリスト教のことが理解できないと考えているのである。「キリスト教が意味を持つのは、あなたが道徳法則とその法則の背後にある一つの力とを認識した後であり、しかも、あなたがその法則を破り、その力とどうもうまくいっていないということを認識した後である。その後に、初めてキリスト教は語り始めるのである。」と述べている。私(増島)は、この箇所を読みながら、50数年前に、北森嘉蔵先生(日本の代表的神学者)が本郷学生センターで行った講演で、「神の出る幕」ということを語られたことを思い出した。霊的な心の世界の探求は、自己の省察から始まるのである。

7. 話し合いでは次のようなことが意見交換された。

① 世の中は、必ずしも「正しい」方向に向かっているとは思えない。この本での道徳的法則に反している行動は日々起こっており、我々はそのことを自覚しているはずである。それなのに宗教的関心が世界的に低下しているのはなぜか。

② 宗教的関心が低下しているのではなくて、既存の教会や教義への関心が低下しているのではないか。ルイスの指摘しているような問題認識は、依然として存在しているのではないか。

③ ルイスは、彼が指摘している問題認識がないまま、キリスト教の許しとか慰めに入り込むのは、我々を混迷(Dismay)の中に引きこむことであると述べている。ルイスは自分たちの国際政治の甘い認識の克服が必要であったと語り、宗教についても同じであることを述べているが、ロンドンがナチス・ドイツによって爆撃されているときに、このことを述べているのは迫力がある。など


8. 次回の英語読書会は、2013年4月7日午後2時―3時半です。
 英語が得意でなくてもどうぞご参加下さい。
 Mere Christianity の訳本(キリスト教の精髄)を読んで参加する方々もいます。