2012年6月2日土曜日

英語読書会2012年5月


1. 2012年5月6日(日)午後1時半に開かれた英語読書会では、最終章第10章「説得と納得―新井白石著『西洋紀聞』に学ぶ」(Persuasion and Consent-Learning from Hakuseki Arai’s “A Record of Things Heard from the West” 増島俊之:著、トム・ディラン:訳)を読みました。

2. 文京区小日向の近くに切支丹坂と呼ばれる坂があります。その坂を上り切ったすぐ近くに、切支丹屋敷跡と記した石碑があります。その横に東京都教育委員会の作成した説明書きがあります。それによると、このあたりは、井上筑後守政重の下屋敷でしたが、正保三年(一六四六)に屋敷内に牢屋を建て、転びバテレンを収容し、宗門改めの情報集めに用いました。主な入牢者にヨセフ・キアラ、シドチがいた、と記されています。シドチとは、イタリア人宣教師である。シドチを切支丹屋敷で取り調べた人物が、当時の江戸幕府において政治の重責を担った新井白石です。後に、白石がこの取り調べを基に書いた書物が「西洋紀聞」です。この書物は、上・中・下三巻から成っています。上巻は、白石とシドチとの出会い、中巻は、世界の諸情勢、下巻は、キリスト教の内容・批判です。

3. この書物は大変興味深いものですが、とりわけ白石とシドチの心の交流が描かれております。私は、人と人とのコミュニケーションにおいて、互いに想像もしていないような新たな情報に接したときに、どのような状況の時にその情報を納得するのだろうか、ということに興味を持っています。また、新しい情報を伝えるときに、どのようにして相手を説得できるのだろうか、ということにも興味を抱いています。そのような観点から『西洋紀聞』を読みますと、多くのことを学びます。

4. 白石は、その取り調べの過程において、シドチの人柄、優れた才能、自然科学・社会科学に関する豊かな知識に感歎します。しかし、シドチが熱弁をふるったキリスト教の内容を聴取し、「なんと愚かな」という思いを抱きます。白石は、シドチの語る自然科学の素晴らしさに感嘆した後であるだけにその印象が強烈で、次の有名な言葉をのこしている。

「その教えには一つも道理にかなったところがない。今まで賢者と思った者が突然愚者となり、あたかも二人の言葉を聞いているようである。このことで分かることであるが、西洋の学問は形のあるものには優れているが、形のない思想とか哲学は、取るに足りない。」この白石の言葉は、その後における日本人の西欧文明に対する一つの典型的な態度を表明しているものとして興味深いのです。

 白石のシドチに対する尋問が終了した後、シドチは切支丹屋敷に監禁されます。監禁といっても、その実際の処遇は、軟禁状態にあったと思われます。シドチは、比較的平穏な生活を送っていたと考えられるが、1713年、重大事件が発生します。シドチの身の回りの世話をしていた獄卒の老夫婦がおり、名を長助・はると言いました。この夫婦が、シドチから洗礼を授けられたと幕府に申し出るのです。それまでシドチがかなり良い処遇を受けていたのは、彼が宣教師ではあるが、布教を全くしていなかったからです。ところが、長助・はる夫婦が受洗したことは、明らかに禁教令に違反し布教活動をしたことになります。そこで獄卒夫婦に続き、翌年春、シドチも本当の牢獄に投獄されます。長助・はるは、牢獄の中で、拷問の苦しみの故に悲痛のうめきをあげていたに違いありません。これまで物静かであったシドチは、大声を上げて、老夫婦の牢獄に向かい、決して信仰を捨ててはいけないと日夜叫び続けるのです。長助は、約半年後に獄死します。はるの死についての記述はありませんが、当然その前に獄死していたに違いありません。そして、長助の死の半月後、シドチも獄死します。1714年11月27日、47才でした。

5. 私が「西洋紀聞」を読むたびに、考えさせられることは、人の心を動かすものは何か、ということです。シドチは、傑物新井白石に出会いました。シドチは、そのことをどんなにか喜んだかしれません。白石もまた、シドチが識見においても人格においてもただならぬ人物であることを直ちに知ったに違いありません。二人の傑出した人物の心の交流は、「西洋紀聞」の行間に溢れています。しかし、シドチが、最も熱意を込めて、最も丹念に語ったキリスト教については、白石の心を動かすことは全くありませんでした。白石が聴いた内容は、実に詳しいものでした。白石は、当代最高の通訳を介して、その知識を把握することができましたが、その評価は、「なんと愚かな」というものでした。他方、老いた獄卒夫婦は、シドチからキリスト教の教義や体系についておよそ学ぶことは無かったに違いありません。通訳を介することも不可能でした。しかし、シドチが自分の命を賭けて語り伝えたかったことを、獄卒夫婦は確実につかみました。シドチの中に、自分たちの心を揺り動かすものを見たのです。

6. 白石が「西洋紀聞」に記すところによると、長助・はるは、以前に岡本寿庵と称する中国人の転びバテレンに仕えており、キリスト教に心ひかれていたのですが、シドチがその信ずる信仰のために遠くローマから命を賭けて日本に来たその姿を目の当たりにして、受洗を決意し、この老夫婦もまた自分達の命を賭けて、信仰告白を公にするに至ったとあります。それ以上の記述はありません。宮崎道生校注「西洋紀聞」に収録されている関係史料の中に、同時代の儒者である太宰春台の書いた「紫芝園漫筆」がありますが、その中に、私の眼をとらえた極めて興味深い記述が一行あります。それは、「予湾使奴婢,温顔和色、視之如傷、奴婢歎服其徳」というものです。予湾とは、ヨハン・シドチのことです。シドチが長助・はるに対していつも穏やかで柔和であり、この獄卒夫婦を「傷」のように視ていた。獄卒もシドチの人格に心から敬服していた、という趣旨のものです。私が注目するのは、獄卒夫婦を「傷」のように視ていたという言葉です。

7.  長助・はるは、囚人に仕える獄卒である。社会に階層があったとすれば、およそ最下層のものであったでしょう。切支丹屋敷の内外の者から貶(おとし)められ、卑しめられ、苛酷に生きていた違いありません。その獄卒夫婦の見たシドチは、自分たちの生涯でおよそ経験したことのない人でした。その人に溢れるような柔和さと優しさを見た。シドチは、長助・はるに毎朝「お早う」と声をかけ、供えられる食事の前に感謝の祈りを捧げ、美味しそうに食べ、はるにいつも「ありがとう」と言ったに違いありません。奉行所の上役に痛めつけられ、どつかれた長助の姿を目にするたびに、シドチは、いたわりと慰めの言葉をかけたに違いありません。シドチは、長助・はるの存在を「傷」と視ました。痛みと苦しみの塊のような存在と見ました。それは、自分の命をかけて伝えたかった福音により、身体と魂の束縛から解放し、希望と平安が与えられるべき存在そのものだったのです。シドチは、祈りに祈ったに違いありません。シドチが長助・はるを見る目差(まなざ)しは、キリスト・イエスの目差しです。イエスを取り巻き救いを求める群衆に命をしぼってふり注ぐ愛の目差しそのものであります。長助・はるは、それに心を激しく動かされ、入信の決意をするのです。

8. 知識の積み重ねによってのみでは、人の心を動かすことはできません。権力は、人を動かすことはできます。金もしばしば人を動かすことができます。しかし、いずれも人の心を動かすことはできません。シドチは、熱意をもって言葉を積み重ねたが、自分が命をかけて伝えたかったことについては、新井白石の心を動かすことはできませんでした。しかし、切支丹屋敷でのシドチの日夜の生活そのものが、獄卒夫婦の心を動かし、日本上陸の本当の願いを成就するのであります。私は、「西洋紀聞」を読むたびに、説得と納得ということが原点において持つ重みを繰り返し知らされるのです。


【話し合い】

・キリスト教の初期には、多くの人が長助のように(命をかけて)自分の信仰を言い切る人がいて広まっていった。

・今まで見下れていた長助・はるは、本当の愛を知ってそれに圧倒されたのだと思う。彼らは幸せだったと思う。だから死をも打ち勝つ勇気を持ったのではないか。イエスが死をも打ち勝っていることも知っていたのだろう。

・日本には言霊というものがあって言葉にして初めて魂に通ずるということがある。長助の場合もそれだったのではないか。

・殉教した人が沢山いるのにそれを自分のこととして考えていない。それを海老沢有道も語っている。Heavenly Manにも凄まじい生き方がある。それが西洋の人は今理解できない状況にある。不思議なキリスト教を読んでみても迫害について書いてある。ユダヤの人々は自分たちの何処に非があるのかと考える。
・太宰春台の文章にある「傷の如く見る」ということは凄い言葉だと思う。そのような愛情を注がれれば、人間は変わるのだろう。

・「傷と見る」ということは、「他者の痛みが分かる」と言うことだろう。そういう人間に出会えば人間は変わるのだろう。
・自分がクリスチャンになったことを振り返るときに、会員の優しさ、温かさが注がれたことに大きな影響を与えられたことを思い出す。人がクリスチャンになるのは、そのような出会いを与えられるからではないか。また、人は優しさに弱いですね。(笑い)。長助・はるは、そのことを人に言いたかったのではないか。
・キリスト教の影響は戦後の日本でも大きい。日本の憲法も影響を受けているのですよね。

・人の心を動かすということを考えさせられる。シドチは長助・はる夫婦にクリスチャンになりなさいとは言わなかったのではないか。しかし、日々の行動から信仰を受けとめていったと思います。

・人を動かすのは人間性だなと思います。

・私がクリスチャンになったのは、孤独の時に、宣教師が私を助けて下さったからです。
・信仰とはなにかを考えさせられた。神のミッションは、クリスチャンでない人を救うということにある。宣教と伝道とはなにかを考えています。


次回の英語読書会は、2012年7月1日12時半―2時半です。これまで英語読書会で2009年4月から『あなたに話したい聖書の世界』と『あなたに聞いて欲しい聖書の世界』の英文を読んできました。今回ですべて読み終わりました。著者(増島)としては、本当に嬉しいことです。そこで、次回は全体を通しての感想を語り合う会にしようと言うことになりました。始める時間はいつもより1時間早めて、12時半からにしました。食事を共にしたいと思います。本をお読み下さっている方は沢山おられると思いますので、誰でもご遠慮なくご出席下さい。宜しくお願いします。