2011年2月17日木曜日

読書会20110217「ラ・ロシュフコー箴言集」

ラ・ロシュフコー箴言集

公爵ラ・ロシュフコーは11世紀から続くフランスの名門貴族であるが、彼が生きた17世紀はヨーロッパでは30年戦争、フランスでは封建制度に依存する貴族(騎士)と中央集権国家を目指す国家官僚の間の争乱(フロンドの乱を以って終息)が続き、わが国でいえば保平の乱、応仁の乱、戊辰戦争を突き混ぜたような時代の変革を伴う離合集散、権謀術数が行われていたようです。

リシュリュー、マザランは中央集権国家を確立してルイ14世の治世を実現せしめた名宰相と歴史で学びましたが、貴族側からは評判がわるかった、三銃士もそうです。

ちょうど100年前、あのマキアベリがフィレンチェにおいて大国の干渉とイタリア都市国家の興亡を経験し、そこから人間の真髄を喝破したと同じようにラ・ロシュフコーも自国の争乱の中で彼の人生哲学(?)を磨いていったと思われます。


箴言集からの抜粋

1.「情熱のある最も朴訥な人が、情熱のない最も雄弁な人よりもよく相手を承服させる。」(8)Honest is best policy.
  西郷さんは「敬天愛人」と共に「至誠通天」とよく揮毫した。
  至誠にして動かざる者は未だ之れあらざるなり(孟子)

2.「慎ましさとは、妬みや軽蔑の的になることへのおそれである。」(18)
  わが国は性善説で「実るほど頭のさがる稲穂かな」と言う句があるが、
  彼はそれをも「栄達を極めた人びとの慎ましさは、その栄達をものともしないほど
  えらい人間に自分を見せようとする欲望なのである」と切って捨てる。

3.「われわれは皆、他人の不幸には充分耐えられるだけの強さを持っている。」(19)
  その強さを持っていなかった方が十字架に架けられ友のために命を捨てられた。

4.「太陽も死も直視することが出来ない」(26)
  宗教とは、生と死に直面して恐怖の念を持ち生と死との奥にある何を恐るべき最高の存在とするか、
  それをどう受け取りどう信じて行動するかという観念の体系である、
  という定義がある。日本人の宗教観。

5.「もしわれわれに全く欠点がなければ、他人のあらさがしをこれほど楽しむはずはあるまい」(31)
  神がわれわれのあらさがしをされないのは神に全く欠点がおありにならぬからか、
  それとも我々の欠点を神はすでに充分ご存じだからか・・。

6.「もし自分に傲慢さが少しもなければ、われわれは他人の傲慢を責めはしない」(34)
  私たちは子どもに傲慢であるだろうか、子どもの傲慢さに憤然とするだろうか。

7.「愛はその作用の大部分から判断すると、友情よりも憎悪に似ている」(72)
  愛憎は表裏一体、八苦に 愛別離の苦、怨憎会の苦とある。苦は業か。

8.「われわれは自分とのかかわりなしには何も愛することが出来ない。
   自分自身よりも友達のほうが好きな時でさえ、われわれは自分の好みと自分の喜びに従っているに過ぎないのである」(81)
  ある修道士のことば
  「私が隣人を愛していることを知るのは、その人から侮辱を受けたあともその前に劣らず彼を愛している時だけだ。
   なぜなら侮辱を受けてから彼を前より愛さなくなったとしたら、私は前に彼を愛していたのではなく、
   私を愛していたのだということを証しするだろうから」
  大学に曰く「好してその悪を知り、悪(にくみ)てその美を知るものはすくなし」
 
9.「友を疑うのは友に欺かれるよりも恥ずかしいことだ」(84)
  任ずれば信ぜよ、以って瞑すべし。そこでもっと処世的には
  「われわれが不信を抱いていれば、相手がわれわれを騙すのは正当なことになる」(86)ということになる。

10.「誰も彼もが自分の記憶力を慨嘆し、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない」(89)
   老人は自分を傷つけたくないため慨嘆する。ボケではないと。

11.「年寄りは、悪い手本を示すことができなくなった腹いせに、よい教訓を垂れたがる。」(93)
   悔しかったらやってみろ、ということか。同じような箴言が他にもある。
   「もしわれわれが情念(煩悩)を抑えることができるとすれば、それはわれわれの強さよりもむしろ情念の弱さによってである」
   「悪徳がわれわれを見放しても、われわれはいい気なもので、自分の方が悪徳を見限るのだと信じている」  
   人畜無害になるのは年の功か。
   孔子も「七十にして心の赴くままに行ってのりを越えず」という。

12.「人の知性と判断力を別々のものと思ったのはまちがいだった。判断力とは知性の光の大きさでしかない」(97)
   直観的ともいえる即断即決は知性(経験)の蓄積。

13.「ある事が、さんざん思いをこらしても考え及ばないほど完ぺきな形でひとりでに頭に浮かぶことがよくある」(101)
   インスピレーションはどれだけ考えあぐねたかにもよる、99%はパースピレーション。
   再び大学に曰く「心誠に之を求むれば中(あた)らずといえども遠からず」

14.「精神の欠点は顔の欠点と同じで年を取るほどひどくなる」(112)
   忍耐力の欠如と傲慢さから欠点を隠せなくなる。

15.「単に無知だから利口者に騙されずにすむ、ということも間々ある」(129)
   愚直であることは有効な手立て。

16.「会話をかわしてみて思慮深くて感じが良いと思われる人がこれほど寥寥たる有様になっているのは、
    言われたことにきちんと返事をすることよりも自分の言いたい事ばかり考える人が多いからである」(139)
   虚心坦懐に最後までじっと人の話を聞くことは自信がないとできない、
   話し半分で上の空、話の横取りまでしてしまう。

17.「すくない口数で多くを理解させるのが大才の特質なら、小才は多弁を弄して何ひとつ語らない天分をそなえている」(142)
   A4一枚に書いてこい、とよく言われたもの。

18.「あまりに急いで恩返しをしたがるのは、一種の恩知らずである」(226)
   世渡りの要諦。

19.「金に目もくれない人はかなりいるが、金の与え方を心得ている人はほとんどいない」(301)
   札束で頬を打つのとレプタの婦人はどちらが有効か(マルコ12:42)

20.「頭が良くて馬鹿だ、ということは時々あるが、分別があって馬鹿だということは絶えてない」(456)
   学んで思わざればすなわちくらし。
   
21.「神は人間の原罪を罰するために、人間が自己愛を己の神とすることを許して、
    生涯のあらゆる行為においてそれに苦しめられるようにした。(MP22)
   自己愛は煩悩と読み替えてもいいか?

以上、報告:ムラオ